中国のインターネット検閲に関してはその厳しさと技術の高さが世界中にも知れているところです。では、日本におけるこのようなインターネット検閲は、行なわれているのでしょうか。もしくは過去に行なわれていたのでしょうか。日本における政府の情報操作を探ってみましょう。大日本帝国時代では、この時代を中心に内務省等によって、さらにはまた連合国軍の日本占領時代になると、情報操作は行われていた事実があります。
検閲は大きく分けて事前検閲と事後検閲の2種類あるのですが、日本において行われたものの多くは事前検閲となっています。江戸時代から出版という技術が盛んになればなるほど江戸幕府も検閲に厳しくなるようになりました。江戸時代でも初期ではキリスト教や幕政批判などがありましたし、徳川家の事績に関するものが発禁の対象でありました。その後の寛政の改革では、その頃の風俗を乱すようなものや贅沢と判断される出版物もすべて対象となりました。
版木を没収されたものでは海国兵談などが有名でしょう。そして、後に大日本帝国では讒謗律、新聞紙条例、出版法、新聞紙法、映画法などに基づいて、内務省が書籍、新聞、映画の記事・表現物の内容を審査しました。そして政府に不都合があれば発行、発売、無償頒布、上演、放送などを完全に禁止するするようにと検閲が行われていたものです。そして、処分としては、現物の没収、罰金、司法処分として厳しい禁錮刑を受けていたのです。
大日本帝国憲法条では、法律に定められた場合を除いて、通信、信書の自由または秘密が保障されてはいましたが、日露戦争の後、内務省は逓信省に通牒し、極秘での検閲を始めました。更に臨時郵便取締令なるものも制定されて、郵便の検閲などが始まり、これは法令上の根拠に基づくものとなったのです。現代において、インターネット検閲があるとすれば、ネットのテレビ局のサイトや芸能人の事務所管理の公式ページなどに併設されている電子掲示板などでの不適切な内容、誹謗中傷や、不利な内容や評価などは管理者側が意図的に掲載しないことがります。